日本を良い国にしたい! 坂本龍馬があなたに託す想い
お守りコレクションblog
第255回目は長崎県長崎市にある
若宮稲荷神社の夢叶う志守です。
初穂料1000円(授与時)。

紙台紙に竜馬の銅像が印刷されており
「勤皇の志士達が抱いた如く 志は高く 夢叶いますように」
と書かれています。
お守り自体は黒地に坂本龍馬の家紋である組み合い角に桔梗が
全体に大小異なる大きさでデザインされています。
そして中心に大きく金字で志と描かれています。
この台詞がなくてお守り本体だけ見ると
坂本龍馬由来のお守りとはなかなか気づけないかも知れません。
でも、真の竜馬ファンなら家紋と志の一文字で
すぐにわかることでしょう。
裏面です。

金字で縦に
若宮稲荷神社と記されています。
シンプルですがその潔さが
このお守りに込められた想いを引き立ててくれています。
靴は歩きやすいものを履いて長い参道に挑もう
若宮稲荷神社は風頭山の中腹に鎮座しています。
最寄り駅は路面電車の新大工町。
高低さまざまな登り坂を20分は歩くこととなりますので
訪れる際は疲れない靴を推奨します。
住宅街を抜けて一ノ鳥居に出会えたら
さあ、登り坂のスタートです。↓

と、ここで気付いてしまいました。
扁額に記された神社名が違う……。↓

どうも伊良林稲荷神社と読めるのですが??
違う神社が併設でもされているのか
もしくは場所を間違えたか?
調べてみるとこんな理由がありました。
そもそも若宮稲荷神社は1673年、長崎の町役人・若杉喜三太が
自邸に祀っていた楠木正成公の守護神(稲荷大神)を
現社地に奉斎したのが始まりといわれています。
ところが明治元年の「神仏分離令」で、
土地名伊良林への名称変更を行政により事務的に行われてしまいました。
先程の変額は、その時期に作られたものと思われます。
一度は伊良林稲荷神社と名乗らざるを得なかったのですが、
明治14年(1881年)には再び現在の若宮稲荷神社へと
正式に名称を戻すこととなりました。
いかに地域住民が元の名前を愛し、
信仰していたかが伺えるエピソードです。
また、すぐ近くに日本初の商社といわれる
亀山社中があったことなどから、坂本龍馬をはじめ
幕末の志士たちが頻繁に参拝に訪れていました。
日本の夜明けを祈願していた志士たちが
楠木正成公を崇拝していたことから
勤皇稲荷という呼び名でも有名です。
ウンチクが長くなりましたので
サクサク登って行きましょう!
一ノ鳥居を抜けるとすぐに連なる鳥居が目に飛び込んできます。
お稲荷さんだ~と思うフォトジェニックな景色です。
約70基も奉られています。↓

あと148段ですか~。↓

楽勝じゃないですか~(後にそう思ったことを後悔する)。
見上げるように連なる鳥居が美しい
と思いながらも、すでに息があがっています。↓

秋の季節ではありましたが
この時点で汗だくになっていました。
一本道を登り切ったところに
大きな鳥居に出会います。↓

そのまままっすぐの道と
右へ行ける道とがあるようです。↓

看板がありました。↓

どうやら、まっすぐ進めば53段。↓

右に進めばあと30段。↓

……迷わず右を選びました(笑)。
右を選ぶと境内前の大鳥居へと
すぐに到着しました。↓

鳥居の前の広場に
こちらのきつね像がお迎えしてくれます。↓

横を向いたお狐さんが、隣のお狐さんを気にかけているようで
愛らしいなぁ、仲良しなんだろうなぁと感じました。
参拝の前に
神橋を渡ってすぐ左手に方形の鳥居(ほうけいのとりい)があります。↓

鳥居の柱が方形(四角)で造られた鳥居は大変珍しく
こちら以外では大阪の住吉大社で見ることができるくらいの希少です。↓

他にも方形の鳥居がある神社をご存知の方は
ぜひご一報ください!
稲荷大神のご加護と巨石のご神体が境内を清淑に包む
では境内へと向かいましょう。↓

こちらの鳥居の変額にはしっかりと
若宮稲荷神社と描かれています。↓

すぐ右手に社務所があり↓

お守りや御朱印はこちらで受け付けてくださいました。
拝殿です。↓

御祭神は稲荷大神。
衣食住の大祖にして万民豊楽神霊であり
商売繫盛・家内安全・五穀豊穣など
生活生業の守護神として信仰されています。
この拝殿の後方には岩上に建立する渡殿(わたどの)があり↓

本殿へと続いています。
この渡殿を支えている巨石をご神体として祀っているのが
こちらの岩戸神社です。↓

わたくし的にはこちらの神社から放たれるエネルギーが
とっても気持ちが良かったです。
境内のほぼ中心に巨木がそびえ立っています。
ご神木としての役割がありそうです。↓

境内の浄化の一手を引き受けているような
エネルギッシュな吸引力を感じます。
特にこの穴の部分……。↓

九州初! こちらが竜馬の御霊を祀る坂本龍馬神社
ではお待ちかねの坂本龍馬神社です。↓

市民有志の「坂本龍馬神社をつくる会」が賛同者から寄付を募り
2022年11月に九州初の坂本龍馬神社が建立されました。
高知県の「龍馬神社」より分霊頂いているので
龍馬の御霊もしっかり祀られています。
扁額が海援隊の隊旗をモチーフにした
二曳(にびき)となっているところが
ファンなら納得のデザインでしょうね。↓

鳥居から社殿までの距離は
龍馬らが長崎で亀山社中を設立した
1865年にちなんで1865ミリになっているそうですよ。
細部まで洒落がきいてます。
直ぐ近くには坂本龍馬像。↓

風頭公園の「坂本龍馬之像」の原型で
2009年、亀山社中跡から移設されました。
背後の街を一望できる広い景色が
竜馬の心の視点を表現しているようです。↓

景色といえば
境内に展望台があります。↓

目の前に景色を臨める角度にベンチが設置されており
ゆっくりと座って長崎の街並みを見つめることができます。↓

帰りはぜひとも竜馬通りを。
下り道なので景色を楽しみながら
竜馬ゆかりの亀山社中記念館なども
立ち寄ることができますよ。↓

竜馬さん、今の日本をどう思っていますか?
竜馬が姉の乙女に送った手紙に
以下のような文面があります。
エヘン、エヘン。かしこき所に恐れながら、
日本を今一度せんたくいたし申候事(もうしそうろうこと)……
わたくしなりにかみ砕いて現代っぽく訳しますと
エヘン、エヘン(姉さん、これからカッコつけたこと言うよ!)
それでも言わずにはいられないんだ!
日本をもう一度洗濯してきれいな国に作り変えると、決めたんだ!!
慶応3年11月15日、33歳の誕生日が
坂本龍馬にとって最後の一日となりました。
彼が愛した長崎の景色。
竜馬は一体どんな澄んだ目で
この景色を見ていたんでしょうね。
そして今の日本は
竜馬が望んでいた日本なのでしょうか?
腕を組んでいる竜馬像。
さすがの竜馬も今の日本の現状は難題のようです。↓

間もなく夕刻を迎える景色の中で
わたくしも少し、考えさせられたのでした。
住所:長崎県長崎市伊良林2丁目10-2
アクセス:路面電車 蛍茶屋行『新大工町』下車、徒歩約10分
若宮稲荷神社のインスタグラムはこちら。↓



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