キャラクター化したが素盞雄が愛らしいお守り
お守りコレクションblog
第264回目は東京都荒川区にある
素盞雄(すさのお)神社のスナノオ元気守です。
初穂料800円(授与時)。

素盞雄(すさのお)といえば、
日本の総氏神とも称される天照大神の弟神です。
どのような神様なのかというと、
天界を追い出された暴れん坊であり、
八岐大蛇(やまたのおろち)を倒した英雄であり、
そのときに助けた櫛稲田姫(くしなだひめ)と結婚し、
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」
(出雲の国に何重にも立ち上る雲は、妻を隠す垣根のようだ。素晴らしい垣根だなあ)
と、日本で最初に和歌を詠んだとされる文学的才能の持ち主であり、
のちに国造りを行う大国主神(おおくにぬしのかみ)の祖先(または父親)
でもある神様です。
現代風にアレンジするなら
家柄は良いが、素行の悪い不良で、
家を追い出されたのちに格闘家となり、
やがて守るべき者のために戦い、チャンピオンまで上り詰める。
そんな彼の発する言葉は文学的で重みがあって、人々を魅了してしまう。
さらに、その子どもがこれまた強い。
そんな伝説的な人物みたいな方でしょうか。
スナノオ元気守の素盞雄はガッツポーズをしています。
自信に満ち溢れ、まさに元気の象徴。
腰には八岐大蛇をやっつけたときに尾から出てきた
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ/別名・草薙剣)を差しています。
落ち込んだとき
踏ん張りがほしいとき
勇気が必要なとき
に、スナノオ元気守が見えない力をきっと与えてくれることでしょう!
素盞雄の背景には、日本国旗を表すかのような日の丸デザイン。
日本を代表する神様ゆえでしょうか。
スナノオ元気守の素盞雄はマンガチックで可愛らしく表現されています。
スサノオという文字もポップで親しみやすい。
素盞雄ファン、日本神話マニアだけでなく、
子どもでもほしがるお守りではないでしょうか。
少なくとも、わたくしが子どもだったらほしいと思ってしまいます。

須佐之男命、素戔嗚尊、素盞雄。なぜこうも呼び名が違うの?
裏面です。

お守りの名前である元気守と書いてあり、
その下には神社名が入っています。
おもて面とは違って、シンプルながらも品格を感じる仕上がりとなっています。
また
おもて面のスナノオの文字が遊びのある書体なのに対し、
元気守の字は日本の伝統を感じるものになっているのも
コントラストが効いていておもしろいですね!
ちなみに
素盞雄、素戔嗚、須佐之男、どれもスナノオと読み、
いずれも正解です。
では、なぜ漢字に違いがあるのでしょうか?
当時はまだ現代のような共通の漢字表記がなく、
中国から伝わった漢字を当て字として使っていたため、
文献によって異なる漢字が当てられたといいます。
古事記の表記は須佐之男命(すさのおのみこと)。
音(読み方)に対して素直に漢字を当てています。
日本書紀の表記は素戔嗚尊、素戔男尊(すさのおのみこと)。
素戔嗚には、傷つき、すさんで、みすぼらしく泣くという意味があり、
母神である伊弉冉(いざなみ)がお隠れになったときに
母を偲んで泣き叫ばれたことに由来しているといわれています。
また、別の解釈として
戔(さ/そこなう)には「害する・殺す」、
嗚(お/なげく)には「うめく・叫ぶ」という意味があり、
天界で大暴れしたスサノオの荒々しさを、
漢字の意味そのもので表現したともいわれています。
また
スサには「荒・清浄」の意味があるといいます。
そのため素戔嗚は罪・穢れ・災い・厄など身に降りかかる様々な悪しきことを、
荒々しいほどの強い力で祓い清める災厄除けの神様としてのご神徳を持っています。
素盞雄という表記は、古事記や日本書紀には出てきません。
神社の伝承(社記)や後世の信仰の中で生まれた表記だといわれています。
盞(さ/さん)はお酒を飲む器、盃(さかずき)を意味し、
雄は性別を示す男という字よりも、力強く勇猛さに重きを置いた漢字です。
つまり、素盞雄がお酒を使ってヤマタノオロチを退治した
という英雄的なエピソードにちなんでこの漢字が選ばれ、
地域や神社に定着していったのではないかと考えられています。
まとめますと、
素盞雄も須佐之男も素戔嗚と同じ神名の異表記であり、
まずは音を表した字と考えるのが基本的な理解となるそうです。
ということは極端な話、
酢砂乃御、棲差埜汚でも別にかまわないということになりますよね。
誰も認めないでしょうけど……。
素盞雄は別名を牛頭天王(ごずてんのう)といいます。
なぜそういうのかは、最後のほうで解説したいと思います。
素盞雄神社とは以下のようなところです。
創建は795年(延暦14年)、創建者は黒珍という修験者
最寄り駅は南千住駅。
歩いて約8分のところに素盞雄神社は鎮座しています。↓

看板にはすさのお神社と平仮名で表記されています。
素盞雄は読むのが難しいからなのでしょう。
ちなみに
南千住は荒川区、北千住は足立区。気をつけたい地名ですね。
ほかにも
小岩は江戸川区、新小岩は葛飾区、
新宿(しんじゅく/新宿区)と新宿(にいじゅく/葛飾区にある地名)、
西武線の練馬駅は練馬区にあるけど、東武東上線の東武練馬駅は板橋区にあるなど、
東京は本当に紛らわしいですね。
鳥居です。↓

国道に面し、入場口も広めでしたので、
ここが正門かと思いきや、どうやら違ったようです。
正門はこちら。↓

それほど広くない旧日光街道に面した入り口です。
旧日光街道というところがまた正門っぽいですね。
ちなみに正門の左側にもう一か所入り口があります。↓

正門の鳥居から見えるのが拝殿です。↓

こちらが拝殿のみの写真です。↓

社殿は、1945年(昭和20年)の東京大空襲で焼失し、
戦後復興期の1964年(昭和39年)に鉄筋コンクリート造りに再建されました。
伝統的な神社建築の外観を持ちながら
耐火性・耐久性を高めた構造といわれています。
創建は795年(延暦14年)。
創建者は黒珍(こくちん)という修験者です。
もともと黒珍の家の近くに奇怪な岩(奇岩)があり、
それを霊場と崇めて、日夜、斎戒礼拝をしていました。
795年4月8日の夜、
奇岩が突如光を放ち、二柱の神様が翁に姿を変えて現れました。
「吾れは素盞雄大神と飛鳥大神なり。
吾れを祀らば疫病を祓い福を増し、
永く此の郷土を栄えしめん」と語ったそうな。
これをきっかけに黒珍は祠を建て、丁重に祀ったというのが
素盞雄神社創建の所以です。
扁額の素盞雄神社の文字が非常に達筆ですね。↓

鈴緒に鈴がついているのがおもしろいです。↓

丸いボールのようなものは吊り下げ燈籠というようです。↓

複雑な唐草模様が透かし彫りされた、実に細かい仕上げです。
稲田姫の人形に思わずびっくり。桃の祓いを見てちょっとほっこり
拝殿から一歩手前へ戻って
狛犬をチェック。
左側の狛犬は、岩の上に乗って悪いものを荒々しく威嚇しているかのよう。
さすが神社の門番ですね。↓

右側の狛犬は親子連れのようです。
こちらも岩の上にいて、相当な迫力です。↓

こちらの狛犬たちは、もしかしたら右が父、左が母、母のそばにいるのが子ども、
といった関係性なのかもしれませんね。推測ですが。
親子狛犬は子孫繁栄、家内安全などの意味があるといいます。
また
左右の狛犬とも躍動する尾っぽが珍しいのだとか。
制作時期や作者は不明だそうです。
狛犬から左のほうへと向かうと
神楽殿があります。↓

中を覗くと、稲田姫を偶像化した人形が。↓

稲田姫は素盞雄の妻神。櫛名田比売(くしなだひめ)ともいいます。
書いて字のごとく稲田の神。
踊っているような動きは豊作を祈願する舞なのでしょうか。
稲田姫の足元には桃の祓というものがありました。↓

キャベツのような緑色をしていますが、3つの桃です。
右から、
後顧の祓(こうこのはらい) 過去にまつわる心のわだかまりや後悔を祓う桃
中今の祓(なかいまのはらい)「今この瞬間」の心身を清める桃
神道でいう「中今(なかいま)」とは、過去でも未来でもない現在を大切にする考え方です。
幸先の祓(さいさきのはらい) 未来への災厄や不安を祓い、良い方向へ進めるよう祈る桃
古来より桃は邪気を祓う霊木と考えられ、
素盞雄神社もこの信仰を大切しているということです。
ご神体「瑞光石」は古代日本から受け継がれる伝説の岩
拝殿から右のほうへと移動すると
瑞光石(ずいこうせき)なるものがあります。
鳥居が建てられているので、一目で特別な石だと分かります。↓

質素ながら祠も立派です。↓

瑞光石とは何でしょうか?
先述した奇岩こそが瑞光石です。↓

瑞光石とは、めでたい光を発する石という意味。
そういわれると、光っているようにも見えますよね!
素盞雄神社のご神体として崇められ、
この石がなければ当神社は存在しなかったと言っても過言ではありません。
日本各地には神体山や神体石があります。
山岳信仰、石神信仰というものですね。
まず山や石が信仰対象で、
あとから社殿が建てられたというケースはとても多いです。
古代人にとって山や石は
・動かない
・長い年月変わらない
・巨大で人間を超えた存在感がある
ものであり、特に
・光る
・特異な形をしている
・川辺にある
・山頂にある
石などは、神秘的な力を持つと考えられました。
それを鑑みると、
素盞雄神社の発祥もなるほど納得できます。
神が宿る瑞光石は富士山信仰とも好相性
素盞雄神社には富士塚があります。↓

頂上に祠も見えます。↓

ちょうど瑞光石の裏手にあるような位置です。
山岳信仰や石神信仰といった自然信仰による繋がりなのかな思いつつ調べてみましたら、
「瑞光石のある聖なる塚」が幕末に富士講によって富士塚化されたもの、
ということで、やはりそうなのかという感じです。

瑞光石は単体の奇岩だったのではなく、塚の一部だったわけですね。
江戸時代後期に江戸で流行した富士山信仰の富士講。
実際の富士登山は時間や費用がかかるため、
江戸市中や近郊には富士塚と呼ばれる人工のミニ富士山が数多く造られました。
素盞雄神社の場合は、
既に存在していた聖なる塚に着目した富士講(丸瀧講)が富士塚として整備しました。
神が降臨したという伝承、瑞光石という磐座、小高い塚といった条件と、
神の宿る山と考えられていた富士山信仰とが結びつき、
この地が富士塚に選ばれたというわけです。
富士塚に欠かせない浅間神社の碑もあります。↓

ただ現在は富士塚には登ることはできず、
毎年7月1日の山開きの日だけ登拝できるということです。
天王祭の神輿振りの激しさは
6月は旧暦においては夏。
この時期は疫病が流行しやすい季節だったため、素盞雄神社では毎年6月初旬に、
激しい神輿振りによってご祭神の神威をより一層振り起こし、
悪疫退散・除災招福・郷土繁栄を願う天王祭が行われます。
「神輿が壊れる!」と思ってしまうくらい猛烈で勇壮な神輿振り。
一度、見て体感してほしいと思います!
天王祭の天王とは素盞雄の別名、牛頭天王(ごずてんのう)から来ています。
牛頭天王は、もともと日本神話の神ではなく、
インドの祇園精舎の守護神で、疫病を鎮める神様。
怒りの神
疫病をもたらす神
疫病を鎮める神
という神格を持っています。
素盞雄は
高天原で乱暴を働く
強大な力を持つ
八岐大蛇を退治した
という荒ぶる神。
中世の人々は
災いを起こせるほど強い神だからこそ、災いも鎮められる
と考え、両者の性格がよく似ていることから
神仏習合によって同一視されるようになりました。
日本神話において
ある意味、主役ともいえる素盞雄。
その名を冠とした素盞雄神社は見どころがたくさん。
神社仏閣好きにはたまらないのではないでしょうか。
そしてスサノオ元気守もナイス!
ほかにもたくさんお守りがありますので
いろいろ見て、拝受してほしいと思います!




住所:東京都荒川区南千住6-60-1
アクセス:JR南千住駅、東京メトロ 南千住駅より徒歩8分、京成線 千住大橋駅より徒歩8分



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