手塚治虫先生の『火の鳥 ヤマト編』がお守りに!
お守りコレクションblog
第275回目は茨城県石岡市にある
常陸國總社宮のヤマトタケル守です。
初穂料1000円(授与時)。

こちらのお守りは手塚治虫先生の『火の鳥』ヤマト編に
登場するヤマトタケルのイラストを用いたお守りです。
全部で3種類あります。↓

黒や白も良かったのですが、
ピンクの華やかさに目を奪われて
こちらの拝受を決めました。
みなさんはどの色が好みですか?
なぜ手塚治虫先生の画がお守りになったかというと
現在の石岡市が府中松平藩と呼ばれていた江戸時代末期、
藩主・松平播磨守に仕えた手塚良庵という藩医がいて、
この方が手塚先生のご先祖様でした。
その縁で手塚プロダクションが協力し、
ヤマトタケル守が誕生しました。
それが2013年(平成25年)のことであります。
では、なぜヤマトタケルなのか。
境内に東国遠征の途中にヤマトタケルが腰掛けて休息したと伝わる
神石(腰掛石)があります。↓

常陸国風土記では、
ヤマトタケルは倭武天皇(やまとたけるのすめらみこと)
という、敬意を込めた表記で記されています。
通常は「命(みこと)」と呼ばれることが多い人物ですが、
常陸国風土記では「天皇」の字を用いて特別視しています。
これは、常陸国におけるヤマトタケルの存在が
非常に大きかったことを示しているといわれています。
常陸國總社宮にとって
ヤマトタケルは歴史を語るうえで欠かせない
最重要人物なんですね!
しかし!
ここまでヤマトタケルを崇めながら、
なんと、常陸國總社宮のご祭神ではないというのが
意外過ぎる事実です。
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
須佐之男命(すさのおのみこと)
瓊々杵尊(ににぎのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
大宮比賣命(おおみやひめのみこと)
布瑠大神(ふるのおおかみ)
の六柱が常陸國總社宮のご祭神です。
それにしても
手塚先生の絵のタッチを縫物で再現するなんてすごいですね!↓

金色のボディを黒く縁どっているからなのか、
濃淡のついた金色が遠近感を作り出しているからなのか、
火の鳥が浮き出ているように見えます。
とてもクオリティの高い仕上がりです。
ヤマトタケル守ではあるものの主役は火の鳥。
だからといって物言いを入れる人はいないと思います!
お守りのご利益は
心身堅固
万難霧消
心身堅固は、心と体の両面が健康で、困難にも揺るがない強さと安定を保つこと。
万難霧消は、あらゆる困難や障害が、霧が晴れるように一気に消え去ること。
若くして九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えみし)の討伐を命じられ、
数々の困難を乗り越えた英雄ヤマトタケル。
このご利益はまさに彼の人物像そのものです。
ヤマトタケルのような勇気、力、運がほしいといった方にオススメです!
總社とは律令国に鎮まる神々を国衙近くの一ヶ所に集めた神社のこと
裏面です。

赤いヒラヒラしたものは火の鳥の羽です。
お守りの中央には
常陸國 總社宮
と二行になって書かれています。
国が國、総が總となっているのが歴史と格式を感じます。
常陸國とは茨城県の旧名。約1300年前の7世紀から使用されていたといいます。
広大で海山の幸に恵まれたこの国は、
全六十余国のうち最上の大国とされ、
常世の国とも称される憧れの聖地だったそうです。
總社とは、それぞれの律令国に鎮まる八百万の神々を
国衙(こくが)近くの一ヶ所に合祀した神社のことです。
律令国とは、律令制に基づき日本の古代国家が全国を統治するために設けた地方行政区画のこと。現在の「都道府県」に近いイメージです。
国衙(こくが)とは、日本の律令制において国府の中に建てられた役所の建物群。現在の県庁の建物といったイメージです。この建物の中で国司が地方政務を執っていました。
国府とは、律令国を治めるための政治・行政の中心地。現在の県庁所在地のイメージです。
国司とは、中央から地方支配のために送られた役人。今の県知事にあたります。
常陸総社文書(ひたちそうしゃもんじょ)の中に納められている
常陸国惣社造営注文案という造営に関する記録によると、
12世紀には惣社(總社)という名称が用いられていたようです。
では、總社のあとになぜ宮がついたのか?
正解は不明なのですが、
推測として
当神社が神祇祭祀において重要な役割を担っていたことから、
人々の間で国府の宮(これは事実!)と呼ばれるようになり、
その結果、正式名称が常陸國總社宮へ発展したのではないか、
という考えは非常に自然です。
さて、話はお守りに戻りまして、
下の部分には
©手塚プロダクション
と入っています。
画には著作権がありますから、クレジットを入れるのは必須です。
ちなみに著作権の保護期間は70年。
手塚先生の場合は、1989年(平成元年)に亡くなられているので、
1990年(平成2年)1月1日から起算して、
70年後の2059年12月31日まで保護されます。
日本マンガ界の父ともいわれる手塚治虫先生のお守りですから、
マンガ好きの方なら手に入れたいのではないでしょうか。
常陸国總社宮とは以下のようなところです。
歴史的建造物の煉瓦造高燈籠は全国にわずか3か所
最寄りの駅はJR石岡駅。
ここから徒歩約20分で常陸国總社宮へ到着します。
民家が建ち並ぶようなところにあるので
地図がないと迷うかもしれません。
Googleマップを片手に行ってみてください。
この看板を発見すれば、着いたも同然です。↓

社号標もあります。↓

注目はこちら。↓

煉瓦造高燈籠(れんがづくりたかどうろう)
と呼ばれる、大変珍しい歴史的建造物です。
造られたのは1912年(大正元年)。
石岡市は明治から大正時代にかけて
煉瓦建築が盛んだった地域です。
当時は周辺にも煉瓦蔵、煉瓦塀、煉瓦門柱などが
数多く造られました。
その技術を生かし、
総社宮の入口にも煉瓦製の高燈籠が建立されたと考えられています。
この種の煉瓦造高燈籠や灯明台は
全国でも確認例がわずか3か所しかないそうです。
また
新品の煉瓦は使用せず、
変形した煉瓦や焼過ぎ煉瓦などの不揃いなものを使って
積み上げているのは全国でもこの総社宮高燈籠のみということです。
文字が入っていますね。
「総社」と書かれているのではないでしょうか。↓

煉瓦造高燈籠は基壇と塔身があるだけで、
笠部と火袋部がありません。
2011年(平成23年)の東日本大震災で落下・破損してしまいました。
こんな頑丈そうなものを一瞬にして破壊した大地震。
今でもその痕跡を目の当たりにすると複雑な心境になってしまいます。
駐車場を示す案内板に手塚先生の作品世界を意識した画が
社号標と煉瓦造高燈籠の間の小路を進んでいくと

大鳥居があります。↓

真上から入る太陽の陽射しを木々の葉が遮り、
しかし木漏れ日となって注がれる、なんとも幻想的な風景。
柔らかく白み、まるでベールのカーテンに覆われているようです。
この場に駐車場の案内板がありました。
これがまたここだけのオリジナル。↓


手塚先生本人というよりかは、
先生の作品世界を意識して制作されたデザインである可能性が高そうです。
稲穂を持ち、大きな羽根(火の鳥を思わせる羽)を手にし、
古代人風の装束を着た人物。
ヤマトタケルで間違いないでしょう。
稲穂と火の鳥の羽の組み合わせは、
常陸国風土記に記される豊かな穀倉地帯としての常陸国と、
火の鳥という手塚作品を一つのシンボルにまとめたような意匠にも見えます。
それにしても随分変わったズボンを履いていますね。
ベルボトムのすごいやつ。
当時はこのシルエットが主流だったんでしょうね。
大鳥居を入り、参道を歩きます。↓

参道の両脇に燈籠が並んでいます。
振り返った景色がまたすばらしい。↓

手水舎です。↓

手水鉢に清明と刻まれています。
手水は、水の霊力によって心身を清め、罪や穢れを祓うためのもの。
清明という文字には、
この水で心身を清く明らかにしてからお参りしてください
というメッセージが込められているのかも知れませんね。
俗界と神域の境界を示す随神門です。↓

随神門は本殿と同じ1627年(寛永4年)頃に造営された
境内最古の建造物の一つ。
遷座時の仮宮の木材を用いたといわれます。
茅葺屋根の表面に苔が生えていて
本当に味わい深いです。↓

ヤマトタケルが腰掛けたという神石の案内板に『火の鳥 ヤマト編』が
随神門をくぐった先は神様がお鎮まりになる神域。↓

すっきり広々としています。
そのまままっすぐ進むと
夏越大祓のために設置された
完成したばかりの茅の輪くぐりがありました。↓

参拝に上がった時間帯はまさに制作の真っ最中で、
わたくしがいる間に完成しました。
自慢じゃないですが、
一番最初にくぐったのはわたくし!
ラッキーです。
茅の輪くぐりの向こうに見えるのが拝殿。
正面はこちらとなります。↓

はっきりとした創建年代は不詳ですが、
奈良時代の天平年間(729年~749年)に創建されたと伝えられています。
1964年(昭和39年)の火災によって茅葺の拝殿が焼失してしまい、
1985年(昭和60年)になって現在の拝殿が新造されました。
左右の狛犬は筑波山や霞ケ浦を見渡せる西側を向いているそうです。
拝殿のすぐ近くには前出の
ヤマトタケルが腰掛けたという神石(腰掛石)があります。↓

神石を示す案内板には
『火の鳥 ヤマト編』の画が使用されています。↓

おお、画の中のヤマトタケルが腰掛けているあの石は、
目の前のこの石ですよ!
2次元と3次元の世界が一体化しています。
『ジャングル大帝』『ブラックジャック』のお守りもあればなあ……
拝殿の周辺には神石だけでなく、
ご神木もあります。↓

関右馬允(せきうまのじょう)氏の『茨城県巨樹老木誌』にも
収録された県下第一の大楠です。
樹齢約600年、樹高約17m、樹周約4m。
1964年(昭和39年)に発生した火災によって類焼しましたが、
幹の周囲から次第に蘇生し、
現在も力強い生命を保っています。
これこそまさに神の力、ご神木ゆえのエネルギーです。
神武天皇遥拝所もあります。↓

1886年(明治19年)6月に創始。
初代・神武天皇を祀る橿原神宮と、
御陵である畝傍山(うねびやま)東北陵を
拝む遥拝所です。
2010年(平成22年)に修復されました。
この角度から見える景色のその先に橿原神宮と畝傍山があるんですね。
拝殿周辺から随神門のほうへと戻りまして。
授与所です。↓



棚がスカスカなのは、それぞれの種類ごとに1体しか置いていないからです。
「こちらをください」と伝えると奥から持ってきてくれますよ。
ずっと外気にさらされていると劣化が進むのではないか
という心配も、これならないですね!
手塚先生のキャラクターが登場する御朱印帳やファイルもあります。↓


『ジャングル大帝』や『ブラックジャック』のお守りもあると「いいのにな~」。
『鉄腕アトム』とか『どろろ』とか。
神井です。↓

境内には天然水が湧き出ており、
毎日神前に供える水に用いられています。
また、禊場にも利用されるということです。
水に浸すと図柄や文字が浮かぶ
ひたみちみくじもこの井戸水が使われます。↓

人口約6万8000人の石岡市。
そんな小さい市に鎮座する神社に
日本マンガ界の父である手塚治虫先生と
コラボしたお守りがあるとは意外です。
古代の英雄・ヤマトタケルに思いを馳せ、
手塚先生の『火の鳥』の世界にも触れられる。
それが常陸國總社宮ならではの魅力です。
住所:茨城県石岡市総社2-8-1
アクセス:JR石岡駅より徒歩約20分

常陸國總社宮周辺の神社仏閣情報












コメント