【日向薬師の薬師如来梵字御守り】健康長寿・災難除去の仏からご利益賦与

神奈川
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地元で採れる日向石で作られた地域振興型お守り

お守りコレクションblog
第278回目は神奈川県伊勢原市にある
日向(ひなた)薬師薬師如来梵字御守りです。
初穂料2800円(授与時)。

日向をひゅうがではなく、ひなたと読むのがオツですね!

今回のお守りは日向薬師の地元で採掘された
日向石で作られたお守りです。

日向地区で採掘された
緑色凝灰岩(ぎょうかいがん)を日向石といいます。

薬師如来梵字御守りを手に取ると、
厚みがある割に、↓

「これが自然の石なのか!?」
と、思うほど軽いです。
最初は石を模した人工物だろうと思うほどでした。

日向石は青みがかっているのが特徴だそうで、
そういわれると、確かにやや緑がかっているようにも見えます。
軟質で加工がしやすいために価格が安く、
石垣、石段、石碑など、広く用いられてきたといいます。

江戸時代初期から1970年代ごろまで
日向地区の石材業を支えてきた日向石。
しかし、
他国からの良質の石が安く入手できるようになったり、
コンクリートが一般化されていく中で
その需要は減り、採掘場は閉じられました。

ところが2020年頃に、
日向石の歴史・文化・技術の伝承と産業復活を目指す建築家と石工職人が、
新たな採掘が難しい中、
山の麓にあった原石や回収した既存石を活用し、
地域資源を再び現代の生活へ取り入れようと
プロジェクトを立ち上げました。
その主体となったのが台紙にも書かれてある
Sunny-onという石工職人の方が経営する会社です。
そして、
プロジェクトの一環として誕生したのが
この薬師如来梵字御守りなのであります。

こちらのお守りを頂くことは
伊勢原市の地域貢献にもなるのだと思うと
良いことをしたような気分になります。
こういったお守りが他の地域にもあるようでしたら
ぜひとも教えてください!
行きます!!

台紙を外した状態がこちらです。↓

お守りの真ん中に書かれている梵字は
薬師如来を意味するバイという字です。

革紐がやや長めですが、
うまく調節できれば
ネックレスとして身につけることもできるかもしれませんね。
カバンに巻きつけることも可能です。

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日向薬師の正式名称は日向山宝城坊

裏面です。
まずは台紙の裏面から紹介します。

かつて日向の地で採掘され
参道や本堂の基礎石のほか
彫刻物などにも使われた日向石に
1300年以上この地で万民を救済し
守護としてこられた薬師如来様の御加持を頂き
種字(梵字)を刻みました
種字とは一字で仏を表す梵字のことで
刻まれている字(バイ)は全ての人々の
悩みや苦しみを救う誓いを立て悟りを開いた
薬師如来様の字となります。
そのご利益をお守りとして身につけ
いつでもお護り頂けますように仕上げました

と、薬師如来梵字御守りの意味合いが書かれてあります。

梵字は仏様によって異なります。
覚えておくといいかもしれませんね。↓

台紙に写っているのは山伏です。
山伏といえば修験道。
日向薬師は明治初年の神仏分離、修験の禁止までは修験場として有名で、
日向修験の拠点となっていました。
当時の国の政策により修験道は途絶えてしまいますが、
100年のときを経て1974年(昭和49年)に復活。
伝統が現代に受け継がれています。

台紙は2つ折りになっており、
広げて裏を見るとこうなっています。↓

日向石の簡単な説明とSunny-onの作品が紹介されています。
作品は、地元のシンボル「大山」をモチーフにした箸置きが
2021年OMOTENASHI Selection(おもてなしセレクション)を受賞。
さらに
日向石の加工工程で生じた粉末を利用した日向硝子のグラスは
2025年ソーシャルプロダクツ・アワードの
ソーシャルプロダクツ賞を受賞しました。

お守り自体の裏面を見てみましょう。↓

日向山宝城坊
日向薬師
と入っています。

日向山宝城坊が正式名称で、
日向薬師は古くから親しまれてきた通称です。
通称のほうが名が通ってしまうのはよくあること。
考えてみれば
そもそも人気があるから通称が生まれるわけで、
一般的な呼び名として通称が認知されてしまうのは
何ら不思議なことではないですよね。

薬師如来梵字御守りは地元を背負ったお守り。
大勢の方が手にし、
背景を知っていただけると
お守りの魅力がよりいっそう高まるのではないでしょうか。

お守りのご利益は薬師如来が持つ
病気を癒す
心の苦しみを取り除く
人々を災いから守る
健康や長寿を授ける

であります。

日向薬師とは以下のようなところです。

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神奈川県指定天然記念物の寺林を歩き、自然のパワーをいただく

日向薬師の最寄り駅は小田急線伊勢原駅
そこから日向薬師行きのバスに乗り換え、
約20分ほど揺られると
終点の日向薬師バス停に到着です。↓

バスを下車しても
日向薬師らしき寺院はどこにも見えず……。
こんな山の中にポツンと降ろされ、
どちらの方向へと歩けばいいの?
なんて、心配することはありません。
すぐに案内図を見つけることができます。↓

実際は葉っぱに覆われて目立たない看板よりも
それらしき石柱がありますので、
ここを進めばいいのか、というのが分かります。↓

石柱を超えたすぐ脇に、
小さいながらも方向を示す案内板や石仏があります。↓

この道を約150mほど進むと階段を発見。↓

この階段は、源頼朝が日向薬師に参詣した際に、
旅装から白装束に着替えたことから
衣裳場(いしょうば)といい、
現在は変化していしばと呼ばれています。

階段を上がっていくと何やら建物が見えます。↓

仁王門です。↓

三間一戸という、柱と柱との間が三つ、出入口が一つ
の形式となっています。
屋根は寄棟造で、
重なりが一つである一重、
屋根材は鉄板葺(旧来は茅葺)となっています。
1833年(天保4年)に再建されたものと考えられます。

仁王門の中で門番をしているのが
金剛力士像です。↓

口を開いている右の像が「阿形(あぎょう)」像。
口を閉じている左の像が「吽形(うんぎょう)」像。
2体合わせて、
「万物の始まりと終わり」や「二つのものがぴたりと調和した状態」を表す
「あ・うん」を表現しています。

目をギョロっとさせてにらみを利かせ、
仏敵、災難、悪霊、邪悪なものなどから境内を守っています。
この厳つい表情を忿怒相(ふんぬそう)といい、
心の迷い、煩悩、怠け心、邪な心を戒める意味があります。
「これから仏さまの前に出るのだから
心を整えて参拝しましょう」
という教えを表しているともいわれています。

日向薬師の金剛力士像は
1833年(天保4年)に宝城坊の前身である霊山寺から出火し、
仁王門とともに焼失しましたが、
その年のうちに鎌倉仏師の後藤真恵によって造られました。

仁王門を入ると山を登っていくかのように上り階段が続きます。↓

石垣に生えた苔が趣深いですね。↓

石段も階段を成しているのか分からないような
アンバランスな段差です。↓

つまづいたり、くじいたりしないように気をつけないと!
まるで古道を歩く修行僧になった気分です。

それにしても美しい自然です。
新鮮な空気を吸いながら歩けることに極上の幸せを感じます。↓

参道を覆う自然に見惚れてしまうのは当然です。
日向薬師の寺林は神奈川県指定天然記念物なのですから。

神奈川県って奥が深いですよね。
日本で最も人口の多い市・横浜があったり、
古都・鎌倉があったり、
箱根のような温泉地があったり、
海のリゾート・湘南エリアがあったり、
伊勢原を中心とした美しい山々があったり。
これだけ豊かさが揃っている都道府県はほかにはないと思います。
そりゃ、人口も増えますよ!

幟が建ち並ぶ階段へとやって来ました。↓

黄色い幟と赤い幟がきちんと分けられているのが美しいです。
黄色には日向薬師宝城坊、赤色には南無薬師如来と書かれてあります。
南無薬師如来とは
薬師如来を信じ、その慈悲のお力によって
心身ともに救っていただけますようお願いします

という意味になるようです。

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1300年以上の歴史を持つお寺の本堂は国指定重要文化財

階段を上り終えると、ついに本堂(薬師堂)が。↓

日向薬師は高知県の柴折薬師様、新潟県の米山薬師様と並んで
日本三薬師の1つに数えられる由緒ある寺院。

716年(霊亀2年)に行基により開創された
1300年以上の歴史を持つ高野山真言宗のお寺です。
本堂は国指定重要文化財に指定されています。

江戸時代末期までは日向山霊山寺と称していましたが、
明治初頭の神仏分離令と修験道の禁止によって
いくつもあった坊が廃止となり、
別当坊(筆頭の坊)だった宝城坊が唯一残りました。

国内でも有数の大きさを誇る本堂は
美しい茅葺き屋根が特徴です。↓

ご本尊はその名のとおり薬師如来。
正式には鉈彫 木造薬師如来両脇侍像<薬師三尊像>です。
平安時代の作で、三尊ともカツラの木の一木造。
日向薬師の中で一番古い仏像です。
最大の特徴は、鉈(なた)彫りで造られていること。
これは仏像の表面にノミ痕を意図的に残す技法で、
見る角度や位置、光の量などによる陰影の変化によって
仏像の印象を変える視覚効果を持っています。
関東地方を中心に東国固有のものだそうです。

秘仏のため一般公開はされていません。
ただし
1月1日~3日(初詣)、1月8日(初薬師)、4月15日(春季例大祭・本尊開扉大法会)
の5日間に限り、拝観できます。

三尊像の配置は
公式HPによると下のようになっています。

月光菩薩立像(左)     
月の光を象徴する      
像高 123.9cm         

薬師如来坐像(中央)
現世の願いを叶える
像高 116.6cm

日光菩薩立像(右)
太陽の光を象徴する
像高 123.3cm

日本三薬師のご本尊ですからね。
一度は見てみたいです!

本堂の中には授与所があり
お守りをいただくことができます。
今回拝受した薬師如来梵字御守りのパネルがありましたので
許可をいただき撮影をさせていただきました。
※本来は本堂の中は撮影禁止です。

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開祖は行基。でも建てられている像は空海。

本堂の右側には弘法大師空海の像があります。↓

修行時代のお姿だそうです。
んん?
日向薬師の開創は行基だったはず。
しかも開かれたのは716年で、空海が生まれる前です。
どういうこと?

思い出してください。日向薬師の宗派を。
高野山真言宗です。
真言宗といえば、そう、
開祖は空海です。

では行基は何宗?
法相宗(ほっそうしゅう)です。

宗派が違っているけど大丈夫なの?
行基が生きた奈良時代は、まだ宗派という概念がありませんでした。
当時の日本仏教は中国から伝わった学問体系(南都六宗)を学ぶ形として存在していました。
行基はその中で、特に法相宗の教えを学びましたが、
法相宗の僧と名乗る現在のような宗派意識はありませんでした。
日本において、宗派が生まれたのは平安時代に入ってからです。

お守りの裏面で紹介した山伏の写真、
ありましたよね。
あの姿は山へこもって厳しい修行を行う修験道そのもの。
修験道は、山岳信仰、密教(真言・天台)、神道などが
融合した日本独自の信仰で、
日向薬師は江戸時代末まで日向山霊山寺と呼ばれ、
日向十二坊を擁する修験道の一大拠点でした。
密教といえば真言密教(天台密教もありますが)。
ここにも空海の影を感じます。

つまり、日向薬師は「空海が創建した寺」ではありませんが、
「空海が大成した真言密教を今に伝える寺院」であるのです。

どうせなら行基の像もあるといいんですけども
法相宗(ほっそうしゅう)だから無理ですね。

こういうことは古いお寺では珍しくはなく、
創建時と現在とで宗派が異なる寺院は数多くあるそうです。

なぜ、日向薬師がそうなったかというと、
明治初期の神仏分離政策修験道の禁止です。
修験道が廃止されたあと、
多くの修験寺院は真言宗または天台宗のいずれかに
所属することになったといいます。
日向薬師は高野山真言宗の法流を受け継ぐこととなり、
現在に至っているというわけです。

もし、行基が生きた当時に宗派が存在していたら
今の日向薬師はなかったのではないかと思います。
これがまた歴史のおもしろいところですね。

仏像や銅鐘など、歴史的価値の高いものが目白押し!

空海像の隣に
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)が祀られています。↓

中身が失われ、それでもなお生きているシラカシの木の中に
安置されることで神聖さが増しているような気がします。
これは、自然そのものを仏の依り代(よりしろ)とする
山岳信仰の表れと考えられます。

かつては日向山の奥の院に祀られていましたが、
参拝しやすいように移されました。

ちなみに虚空蔵菩薩とは、
虚空のように無限の智慧と福徳を蔵し、
人々に記憶力増進や学問成就、諸願成就のご利益を授ける菩薩様です。

長い歴史を感じる
鐘堂(しょうどう)もぜひ見てください。↓

国指定重要文化財の銅鐘を吊しています。↓

最初の鐘堂は銅鐘の銘文から、
鐘とともに平安時代に建てられたと考えられています。
現在の鐘堂は昭和54年の改修時に
宝暦十三年(1763年)銘の棟札が発見されたことから
その頃の建造物と推定されています。

通常の鐘堂は4本の柱で建てられていますが、
こちらは一隅に3本を使用し、
四隅合わせて12本の柱で建てられています。↓

12本の柱は薬師如来を守護し、
十二の刻を守るとされる十二神将を表しているといわれています。
毎年の除夜の鐘はこちらで行っているそうです。

鐘堂の隣には
宝城坊の二本杉があります。↓

足利基氏が幡をかけ、
平和、幸せ、五穀の豊かな実りを祈ったという
エピソードから幡かけの杉として親しまれているそうです。

大きく成長しすぎて今では幡をかけるのは無理そうですね……。

二本杉は神奈川県指定天然記念物であり、
かながわの名木100選にも選ばれています。

日向薬師は貴重な仏像が数多く安置されていることでも有名です。
その場所となっているのが宝殿。↓

撮影禁止なので写真はないのですが、
国指定重要文化財8件、県指定2件などが収蔵されています。

例えば、
秘仏である御本尊のお前立ちとなる
丈六 木造薬師如来両脇侍像〈薬師三尊像〉
薬師如来坐像 (中央) 像高 235cm
日光菩薩立像 (右)  像高 283cm
月光菩薩立像 (左)  像高 271cm
寄木造で、関東地方には数少ない「丈六仏」。
平安時代末期から鎌倉時代初期(12世紀末から13世紀初)の作品。

ほかにも
丈六 木造阿弥陀如来坐像
木造四天王立像
木造十二神将立像
宝城坊旧本堂内厨子
獅子頭
があります。

拝観は有料で
大人 300円
中高生 200円
小学生 100円
となります。

仏像が好きな方はもちろん、
小旅行を楽しみたい人でも満喫できる日向薬師。
そもそもネーミングが素敵じゃないですか。
ひなたなんて。
かけているわけではありませんが、
天気のいい日に参拝したら最高に気持ちいいですよ!

住所:神奈川県伊勢原市日向1644
アクセス:小田急線伊勢原駅から日向薬師行きのバスに乗り「日向薬師」で下車、徒歩15分 

日向薬師

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