拝殿がデザインされた神社の主軸となるお守り
お守りコレクションblog
第280回目は宮城県仙台市青葉区にある
國寶 大崎八幡宮の勝守です。
初穂料1000円(授与時)。

八幡様といえば応神天皇。
応神天皇は神功皇后の子として誕生し、
国づくりを進めた天皇とされています。
そこから発展して
武運長久、必勝の神としての信仰が定着していきました。
さらに
國寶 大崎八幡宮は
仙台藩を統治した有力武将の伊達家より
篤い崇敬を受けた神社でもあります。
その2つの所以を持つのが今回の勝守となります。
お守りの背景に描かれているのは
大崎八幡宮の拝殿の一部です。↓

わたくしの推測ですが、
こちらの勝守は神社側の推しだと思います。
なぜなら
パンフレット(参拝のしおり)の表紙と同じですし、↓

パンフレットを開いた見開きページともいっしょ。↓

さらには、大崎八幡宮公式HPのトップ画面も同様だからです。↓

ここまでつながると
わたくしの推測もあながち否定できないものだと思います。
別のお守りはどうなのか?
拝殿を採用したものが他にあるのか……。
見てみましょう!↓




勝守以外、拝殿をあしらったお守りはありません。
ということは
やはり勝守は推し守であるといっていいでしょう!
ところがライバルがいるようなのです。
こちらです。↓

Jリーグのベガルタ仙台をモチーフにしたベガルタ守 1000円。
Bリーグの仙台89ERSをモチーフにした89ers守 1000円。
プロスポーツチームにはサポーターという絶対的な拝受者がいます。
仙台市民以外にも、市外や県外にいながら応援している人も
間違いなくいただいているはずです。
自分みたいなコレクターも手に入れるでしょうし。
ちなみにわたくしには予算という壁がありまして、
今回はちょっと(涙)……。
お守りをいただくときに授与所で考えたのは
べガルダ守、89ers守どちらも勝利を祈願するお守りなわけだから
オーソドックスな勝守さえあれば
べガルダ守も89ers守も賄えるのではないか。
そればかりか
勝守はスポーツだけでなく、
受験にも「勝ち抜く」という意味も含まれます。
わたくしが何気に重要視しているオリジナル性も
大崎八幡宮の拝殿が描かれていることでバッチリ。
結果、この考えを覆すだけの新たな発想は思いつかず、
勝守に決めさせていただきました。
八幡神社に欠かせない鳩の姿もバッチリ描写
裏面です。

国宝 大崎八幡宮と金糸で書かれています。
本来は國寶ですが、
おそらくそれを実行しようとすると
細かすぎてうまく文字として成立しないのだと思います。
神社名を挟んで
左右に一羽ずつ鳩が飛んでいます。
鳩は八幡神の神使ですから、何ら不思議ではありません。
國寶 大崎八幡宮の扁額にも鳩がいます。↓

扁額に描かれた二羽の鳩は母子のようですね。
中世の八幡宇佐宮御託宣集によると、
八幡神が初めて姿を現したとき、
金色の鷹として現れ、その後、金色の鳩へ姿を変えたとあります。
このことから、鳩は単なる使いではなく、
八幡神の化身そのものとも考えられているそうです。
國寶 大崎八幡宮とは以下のようなところです。
八幡宮の文字を揮毫した伊達吉村公にアートの才能を感じる
國寶 大崎八幡宮へはJR仙台駅から仙山線に乗り、
「JR国見駅」または「JR東北福祉大前駅」で下車してから
約15分歩くことになります。
どちらの駅からでも徒歩時間は同じということで、
わたくしは
仙台駅から一駅分近い「JR東北福祉大前駅」で下車することにしました。↓

大学名が駅名になるということで
さぞかし近い位置に大学があるのかと思いきや
ほぼ直結です。↓

屋根をかけて繋げられるのではないかというくらいの距離です。
雨が降っていても傘を差す必要がありません。
「JR東北福祉大前駅」から歩いていくと
神社の裏手である駐車場口から入ることになるんですね。↓

これは誤算でした。
参拝するなら正面口から近い「JR国見駅」をオススメします。
そのため
駐車場口の鳥居から一旦境内へ入り、↓

正面口から出て、もう一度入り直すという、
少し面倒くさいことをしてしまいました。
でも、
駐車口からの参道も緑豊かで十分堪能することができました。
正面口となる一之鳥居がこちらです。↓

とにかく大きい一之鳥居。
どのくらいの高さなのか公式には発表されてはいませんが、
推定約12.5m~13mではないかと思われます。
隣のマンションと比較しても
その規模感は想像できるのではないでしょうか。
一之鳥居を入ると石造りの二之鳥居があります。↓

二之鳥居は1668年(寛文8年)に
仙台藩四代目藩主の伊達綱村公により
寄進されたものです。
東山郷(現・岩手県一関市東山町)より産出した
御影石が使用されているとのこと。
宮城県指定有形文化財になっています。
二之鳥居の先には階段が。
大石段です。↓

1607年(慶長12年)の大崎八幡宮創建時に造られ
急勾配ながら均衡のとれた石段になっているのが特徴です。
仙台市の文化財資料では「98段」とありますが、
踊り場を含めると「100段」ともいわれています。
実際、わたくしも数えました。
急傾斜による太ももの疲労とスタミナの消耗と闘いながら。
60段を超えたあたりから肩で息を吸うようになり、
「疲れた」と声に出した瞬間、
62段だっけ? 63段だっけ?
と今何段目なのか分からなくなってしまい、
途中で数えるのを断念してしまいました。。
無念……。
大石段は仙台市登録有形文化財になっています。
大石段の先に三之鳥居が見えます。↓

三之鳥居です。↓

三之鳥居は1718年に
仙台藩5代目藩主の伊達吉村公によって寄進されました。
「八幡宮」の3文字は吉村公の揮毫(きごう)です。↓

「八」を親子の鳩に見立て
「幡」の「巾(はばへん)」は下を向いた刀(剣)、
「番」は「盾」にも見えるし、
刀を差したボディのようにも想像できます。
「宮」は鎧兜をかぶった顔ですね!
この解釈が本当ならば、すばらしいアート性に富んだ傑作品だと思います!!
吉村公の発想力と遊び心に感服いたします。
「八幡宮」のまわりに飾り付けられているのは伊達家の家紋と軍旗。↓

「日の丸」が軍旗で
「竹に雀」「丸に竪三つ引」
「九曜」「蟹牡丹」「竜胆車(りんどうぐるま)」が家紋です。
ただし、竜胆車は伊達家の家紋ではなく、久我家(こがけ)の家紋。
久我家は、扁額の文字を揮毫した伊達吉村公の正室である
冬姫(ふゆひめ)の実家となります。
家紋って1つではないんですね。
どのような違いがあるのでしょうか?
調べたところによると
仙台藩主伊達家の家紋は全部8種類あります。
正式な家紋は竹の雀
祖先を象徴する紋が三つ引両
拝領した家紋が九曜紋、桐、菊
後世に加わった紋が雪薄、牡丹、蟹牡丹
といった感じになっています。
質素な長床と華麗な拝殿を対比して楽しむのがツウの参拝
参拝にあがったのは七夕の直前。
三之鳥居を直進すると提灯とともに
七夕の七つ飾りが目に飛び込んできます。↓

雨上がりでしたので
濡れないためのカバーがまだかけられている状態でした。
この時期は夏越しの祓いとも重なっていたため
茅の輪もありました。↓

もちろん茅の輪くぐりをしました。
1.茅の輪の正面に立ち、軽く一礼します。
2.左足から茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻ります。
3.右足から茅の輪をまたび、右回りで正面に戻ります。
4.左足から茅の輪をまたぎ、左回りで正面に戻ります。
5.左足から茅の輪をまたぎ、直進して拝殿へと向かいます。
参道を直進していると
右側に神馬のお宿、神馬舎(しんめいしゃ)があります。↓

大正期に建てられ、昭和20年ごろまで神馬がいたそうです。
国指定登録有形文化財になっています。
舎の中に
お侍さんの人形と木馬がありました。↓

何なんでしょう。この唐突感と何ともいえないかわいらしさは。
さらに直進すると右側の奥まったところに
沼田豊前正藤原茂密(ぬまたぶぜんのしょう ふじわらしげみつ)石像があります。↓

大崎八幡宮の社家である沼田家の八代目。
境内の整備に尽力し、中興の祖といわれている宮司さんです。
その功績を称えるために、ご子息によって作成されました。
参道の最終地点には
歴史的建造物として拝殿と並び称される
長床(ながとこ)があります。↓

正確な建立年は不明ですが、
社殿完成(1607年)の少しあと、
あるいは寛文年間(1661~1672年)ごろ
と考えられています。
文化庁では江戸中期(寛文頃)としています。
長床としては宮城県内の最古の建築で、
国の重要文化財にもなっています。
彩色を施さない素木造(しらきづくり)の建物と、
のちほど登場する豪華な拝殿とを対比して楽しむのが
ツウな神社マニアらしいです。
長床とは、もともと修験道や山岳信仰の寺社によくある建物で、
参拝者や修験者が集まり、祈祷や法会を行うための場所。
大崎八幡宮の場合は
建物の中央が通路になっている割拝殿(わりはいでん)
という形式になっているのが非常に珍しいそうです。↓

長床の扁額は鳥居のものとはまた違った
独創性とユニークさがあります。↓

まるで絵のような発想豊かな大崎八幡宮の文字は
奈良の東大寺で別当(寺院の最高責任者)を務めた
道恕(どうじょ)による揮毫です。
彼は伊達吉村公の正室、冬姫の叔父に当たる人物で、
江戸時代中期に活躍した高僧であります。
通路の天井には風鈴や七夕飾りが付けられ、
空間を賑わしていました。
ときより「チリンチリン」「コロンコロン」と風鈴が鳴り、
爽やかな風を浴びる肉体とともに
耳にも伝わる心地いい涼しさを演出していました。↓


通路の右(東側)には奉献された酒樽。↓

左側(西側)は神楽殿として利用されているそうです。↓

酒樽のある部屋は畳が敷かれていましたが、
こちらは板張りです。江戸中期のものとは思えないほど、
きれいに手入れされているのが印象的でした。
割拝殿と称される長床を抜けると
拝殿です。↓

室町時代、
奥州探題大崎氏が現在の岩手県水沢市にあった
鎮守府八幡宮を自領内の現・遠田郡田尻町に遷祀(せんし)。
守護神として篤く崇敬することによって、
大崎八幡宮と呼ばれました。これが当社の始まりです。
大崎氏滅亡後、
伊達政宗公が居城の玉造郡岩出山城内の祠に御神体を遷し、
仙台開府後に、仙台城の乾(北西)の方角にあたる
現在の地に遷宮しました。
明治以降は
大崎八幡神社といわれていましたが、
御遷座400百年を控え、その歴史的経緯を考慮して
1997年(平成9年)6月、
社名を大崎八幡宮に復し、現在に至っています。
大崎八幡宮の社殿は、
黒漆塗り、極彩色、金箔、豪華な彫刻で構成された
桃山文化を代表する華麗な建築物です。↓




安土桃山時代の遺構として国宝建造物に指定されています。
境内社にも手を合わせて参拝コンプリート
大崎八幡宮には多くの境内社があります。
中でも最も大きいのが太元社です。↓

正確な創健時期は不明ですが、
4代藩主の伊達綱村公によるものではないかと考えられています。
江戸時代には太元堂といわれ、
太元師明王(たいげんすいみょうおう)をご本尊としていました。
明治時代の神仏分離により、神社という位置づけとなり、
現在の場所に遷されました。
太元師明王は古来より、
鎮護国家・外敵降伏などの力があるとされています。
現在では、邪気を払い福を招く神様として
全国的に篤い崇敬をうけています。
書体がかわいいんですよね。↓

ほかにも、
諏訪社、鹿島社、北辰社、稲荷社、龍神社があります。↓




上記の5社は同じエリアに鎮座しているのですが、
もう1社の金刀比羅社だけは離れた位置、
参道で見つけた沼田豊前正藤原茂密石像の横に鎮座しています。↓

國寶 大崎八幡宮は仙台総鎮守でもあります。
つまりは、仙台市の氏神様。
JR仙台駅からローカル線に乗り換えるという手間はありますが、
行って損なし、得しかない神社です。
むしろ、行くことによって
独特の澄んだ空気感や歴史的建造物を楽しむことができます。
ぜひ参拝にあがってみてください!
住所:宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
アクセス:JR仙山線「国見駅」または「東北福祉大前駅」より徒歩約15分
國寶 大崎八幡宮周辺の神社仏閣情報






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