【平泉義経堂の義経勝守】困難を乗り越えられるよう己に勝つ守り

岩手
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戦の天才、源義経の雄姿が描かれたハンサムなお守り

お守りコレクションblog
第246回目は岩手県西磐井郡平泉町にある
平泉義経堂義経勝守です。
お守り代700円(授与時)。

源義経といえば
戦の天才といわれ、源平合戦で源氏に勝利をもたらした立役者。
しかし、独断専行の戦い方、三種の神器の奪還失敗、
無断で後白河法皇から官位を受けるなどで、
源氏の棟梁である兄・頼朝から反感を持たれてしまいます。
やがて討伐の対象となった義経は、
自身が育った奥州藤原氏のもとへと逃げます。
しかし、藤原泰衡の裏切りに遭い、自害します。
その地がこの平泉でした。

悲運の最期を遂げた義経ですが、
平氏を倒した戦いぶりを後世に伝える
お守りが今回のこちらというわけです。

鎧をまとい、馬上で刀を掲げる義経、カッコいいですね!

義経の馬といえば太夫黒(たゆうぐろ)ですよね。
日本史の中で最も有名な駿馬であるともといわれています。
1180年(治承4年)
平氏追討を目指した兄・頼朝の挙兵を知った義経が
平泉から鎌倉へと出発する際に、
藤原秀衡がはなむけとして贈ったのが太夫黒でした。
この名馬が歴史に残る働きを見せたのが一の谷の戦いでの
鵯(ひよどり)越えの逆落としといわれる場面。
崖のような急斜面を人馬一体となって駆け下りる奇襲戦術で
平氏を混乱に陥れ、
勝利へと導きました。

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奥州合戦を詠った松尾芭蕉の名句が額の裏面に

裏面です。

階段を上った先にお堂ような建物がある絵柄。
これは実際にある風景です。
それがこちら。↓

デコボコとした石階段の先に平泉義経堂が見えるという構図です。

お守りが納められた額には
夏草や
兵共が
夢の跡

という松尾芭蕉の句が書かてあります。
句意は、
夏草が生い茂っているここは、義経たち勇士が奮戦した夢の跡なのだ
だそうです。
1689年(元禄2年)旧暦5月13日(6月29日)、
松尾芭蕉は門人の曽良を伴い、平泉を訪れました。
髙館(たかだち)に立ち、眼下に広がる夏草が風に揺れる様子を眺め、
100年にわたり平泉文化を築き上げた奥州藤原氏の栄華や、
この地に散った義経を思い、この名句を詠みました。

何だか切ない句ですね。

かつて激しい戦闘があった場所も
時代が過ぎれば何もなかったように穏やかだ。
本当にここに武士たちの栄華があったのか、殺し合いがあったのか。信じられない。
という胸の内だったのでは、と想像します。

平泉義経堂とは以下のようなところです。↓

岩手県平泉町 高館義経堂
岩手県平泉町、義経終焉の地高館義経堂の公式サイトです。
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松尾芭蕉の気持ちになれる”夢の跡”がここには残る

平泉といえば世界遺産にも登録されている中尊寺があまりにも有名です。
そこから距離にして500m、歩いて約7分のところに平泉義経堂はあります。↓

中尊寺へ行ったら、同時に平泉義経堂にも足を運んでほしいと思います。
ちなみに拝観料がかかります。
大人300円、小・中学生100円。

平泉義経堂は派手さがなく、静かにひっそりと佇んでいるイメージ。
源平合戦で見せた義経の派手な戦からは程遠い印象です。↓

看板には髙館義経堂とありますね。
お守りには平泉義経堂と書いてあったのですが、
どちらが正しいのでしょうか?

ちなみに髙館(たかだち)とは中尊寺の東方にある丘陵で、ちょうどこの辺りを指しています。
別名、判官館(はんがんだて)とも呼ばれています。
判官とは、令制の四等官(しとうかん)制のおける第三等官の総称で、
この場合はこの地位にあった義経を指しています。

判官びいきという言葉がありますよね。
弱いほうに味方する、肩入れする、同情する、応援するという意味で使われ、
それはまさに義経に対する日本人の心情だともいわれています。

義経堂は丘陵にあるということで階段を上がっていきます。↓

上り切った先には
芭蕉が詠った景色が広がっています。↓

ここが夢の跡……。
本当に戦があった地なのか。あの戦いは夢か幻か。
わたくしもそのような気分になりました。

静かに横たわる川は北上川です。

さらに上り階段があり、その先に義経堂が見えます。
お守りにも描かれているシーンですね。↓

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男前ではない義経の木像が逆に好感!

義経堂に到着です。↓

ここはちょうど丘の頂上にあたります。
1683年(天和3年)
仙台藩主第四代の伊達綱村が義経を偲んで建てました。
中には義経の木像が安置されています。↓

決して男前でないところがリアルでイイですよね!
美男子として描かれることが多い武将ですが、
実際は違ったという話をよく聞きます。
自分も、義経は味噌っ歯だったと書かれた本を読んだことがあります。

源義経公供養塔(宝篋印塔/ほうきょういんとう)です。↓

1986年(昭和61年)に源義経、藤原秀衡、武蔵坊弁慶らの八百年の御遠忌を期して、
義経公主従最期の地であるこの髙館に、塔が造立されました。

今回は源義経をメインとしながらも、
松尾芭蕉の名句を回顧するような内容となりました。
それは、ここに芭蕉の句碑があるから。↓

世界遺産、平泉中尊寺へ行ったら、
ぜひこちらにも立ち寄ってください!
そして、当時に思いを馳せながら、
お守りを頂いてほしいと思います。

住所:岩手県西磐井郡平泉町平泉字柳御所14
アクセス:東北本線『平泉駅』下車、徒歩20分
拝観料:大人300円 小・中学生100円
https://www.motsuji.or.jp/gikeido/index.html

岩手
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