【鶴岡八幡宮の翔運守】鶴が羽ばたくがごとく運の上昇を祈願

神奈川
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神社名にも入る鶴を描いた”ここ”ならではのお守り

第53回目は神奈川県鎌倉市にある
鶴岡八幡宮の「翔運守」です。
初穂料1000円(授与時)。

お守りにフレームがついたタイプです。
もちろん取り外しができます。
翔運守と書かれた下に
英語でAmulet for your best luck。
訳すと、「幸運のお守り」となるようです。
ということは
幸運祈願お守りですね。

薄紫をベースにした生地に、
二羽の鶴が羽ばたいている絵柄。
濃い紫雲の一部が青になっていて、
幻想的なデザインになっていると感じます。

鶴を見ると、
銀色の糸によって羽が細かく描かれ、
渾身のお守りであることが見て取れます。

紫は高貴を示す色。
やや光沢感があり、
レトロな雰囲気も漂います。
これがまたお守りの格を上げている印象です。

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外国人観光客をターゲットにした英語表記

裏面です。

お守りのご利益が書かれています。
英語での記載もあります。
鎌倉は日本における
有数な国際的観光地でもありますから、
英語での記載は必須なのでしょう。
松や桜のイラストも
そういうことなのでしょう。

今回の写真はフレームの裏面ですが、
お守りの裏面は
「鶴岡八幡宮」と縦に書かれています。
書体は表面の「御守」と同じです。

鶴岡八幡宮のお守り紹介はこちら

鶴岡八幡宮とは以下のようなところです。

https://www.hachimangu.or.jp/
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楼門から見下ろす景色は壮大。湘南の海まで一望

鶴岡八幡宮は
観光で、修学旅行で、遠足で、遊びでなどなど、
行ったことがある人も多いかと思います。

JR鎌倉駅からいろいろなルートで
鶴岡八幡宮へ行くことができますが、
直線でつながる若宮大路から向かうのが
王道ではないでしょうか。↓

若宮大路は鶴岡八幡宮に進むにつれて
道幅が細くなっています。
それには理由があり、
遠近法の視覚効果を利用して
訪問者や家臣に対して鶴岡八幡宮を遠く感じさせ、
鶴岡八幡宮側から見下ろす将軍には、
道筋を真っすぐに見てもらうため
だといわれています。

加えて、
敵からの防御の際は
要所となる鶴岡八幡宮側を狭くすることで、
敵兵を混乱させ、
迎え討ちをしやすくするため
だそう。

熟慮されて造られた路なんですね。

若宮大路を抜けたところに大鳥居。↓

鳥居の大きさもさることながら、
スクランブル交差点になっている
横断歩道に目が奪われます。

鳥居をくぐります。
正面にある太鼓橋は通れませんので、
左右どちらかの道から
本宮へと向かいます。↓

途中に舞殿があります。↓

舞殿を過ぎると上り階段があります。
大石段です。↓

大石段を上がった先にあるのが楼門。↓

「八幡宮」の「八」の字が鳩になっています。
楼門の向こうにあるのが本宮となります。

ここから後ろを振り返ると。↓

ジオラマのようで、バーチャルな世界に迷い込んだみたい。
時間を過去に引き戻される神社やお寺は
そもそも仮想空間かもしれませんね。

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代へと
タイムトリップした気分です。

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源頼義によって勧請され、源頼朝によって現在地に遷宮

鎌倉幕府の中心地であった鶴岡八幡宮。
幕府を開いた頼朝の先祖、
源頼義が石清水八幡宮を由比ヶ浜辺に
勧請したのが始まりです。

その後、頼朝によって現在の位置に移され、
鎌倉の街づくりの中心に据えられました。
また
東国社会の守護神としても篤く崇敬されました。

八幡神を祀る神社は、
全国に4万社以上あるといわれています。
古くより源氏の氏神とされ、
「武運の神」としても全国で信仰されました。
鶴岡八幡宮では「応神天皇」「神功皇后」「比売神」の
三柱の神様を御祭神としてお祀りしております。

応神天皇は第15代天皇であり、
712年(和同5年)に
現在の宇佐神宮に祀られ、
清和天皇の代に石清水八幡宮に勧請されました。
その後、
1191年(建久2年)に鶴岡八幡宮に祀られることとなります。
応神天皇には
造船を奨め、大陸の文化を
盛んに取り入れるなどの功績があります。

神功皇后は応神天皇の母。
仲哀天皇の皇后であり、亡くなられた仲哀天皇の遺志を継ぎ、
熊襲征伐や三韓征伐を達成しました。
応神天皇が即位するまでの間、
政事を執り行い、
聖母(しょうも)とも呼ばれています。

比売神は
特定の神の名前ではなく、
主祭神の妻や娘、
あるいは関係の深い女神を指すものといわれています。

鎌倉幕府後、
鎌倉から活気が消えてしまいます。
しかし
武家政権発祥の地としての信仰は篤く、
江戸時代には徳川家康が
鶴岡八幡宮を中心に社寺の復興・保護に力を注ぎました。
これを機に、鎌倉の観光地化が進み、
明治・大正時代にかけては、
川端康成や小林秀雄など、鎌倉を愛する作家が増え、
「鎌倉文士」として
多くの文化人が居住、滞在しました。

そして今では、
歴史を継承した街として
年間を通じてたくさんの人々が訪れます。

2022年、
『鎌倉殿の13人』によって
鎌倉に注目が集まっています。
鶴岡八幡宮以外にも
小町通りや、鎌倉五山と呼ばれるお寺など
見どころがたくさん。
この機会にぜひ遊びに行ってみてください。

住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
アクセス:JR鎌倉駅東口から徒歩10分
https://www.hachimangu.or.jp/

神奈川
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