【穏田神社の美守】おしゃれタウンで美の神から美のご利益を拝受

東京
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両脇の梅の花は拝殿の前にある梅の木が由来

お守りコレクションblog
第169回目は東京都渋谷区神宮前にある
穏田神社の「美守」です。
初穂料500円(授与時)。

非常に軽量な
丸型構造のアクセサリー的お守りです。

金色で書かれた「美守」の文字。
その両脇には梅があります。
梅?
なぜに?
そんな風に思う人がいるかもしれません。
わたくしもそう感じました。

そうして考えたところ
自分のなりの答えにたどり着くことができました。
ヒントになったのがこちらです。↓

穏田神社拝殿と左右にある梅の木。
向かって右が紅梅。↓

向かって左が白梅。↓

「美守」は左右とも紅梅ではありますが、
拝殿の両脇に咲く梅の花を
モチーフにしたのはほぼ間違いないでしょう。

ということは
「美守」という文字は
配置的に拝殿とも取れますよね。

穏田神社の御祭神は
「淤母陀琉神(おもだるのかみ)」と
「阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)」
の兄妹神。

おもだるは「整った美貌」、
あやかしこねは「畏れ多い女性」
の意味とされ、
男女の人体の完成、整った容貌への畏怖を
表しているといいます。

その意味を持って
美容や技芸上達
夫婦円満
万物創造
の神として信仰されているそうです。

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昔は存在した穏田という地名。神社名はその歴史的証拠

裏面です。

穏田神社が2行になっていて、
両脇にはやはり梅の木。
これも穏田神社の文字が拝殿を
表していると解釈できそうです。

そもそも
「穏田」とはどのような意味なのでしょうか?

もともとの地名です。

現在の住所である
東京都渋谷区神宮前の「神宮前」は
1962年(昭和37年)に制定された居住表示法によって
1965年(昭和40年)に
穏田、原宿、竹下町、千駄ヶ谷、宮下町、青葉町
といった住所が合併して誕生した名称。

これによって
6つの地名は消滅しました。
穏田神社の「穏田」はその名残であります。
今の神宮前1丁目、4丁目、5丁目、6丁目あたりが
穏田でした。
ちなみに
穏田は1丁目から3丁目までありましたが、
2丁目の一部は
1966年(昭和41年)に
渋谷1丁目に組み込まれました。

神宮前で統一するなんて何だか味気ないですね。
「原宿」は今でも駅はありますし、
あの辺一帯を「原宿」と呼ぶのが当たり前ですし、
加えて
「竹下町」のあった「竹下通り」は
若い人たちの人気スポットです。

もったいない。。。本当にもったいない。。。

余談ですが。
なぜ、1965年(昭和40年)に神宮前に変更されたのか。
1964年(昭和39年)に行われた
東京オリンピックのためです。
「世界中から訪れる外国人にも分かりやすい地名にしよう」
というところから始まったようです。

しかし
そもそも外国人は日本語が読めないから、
意味ないような気がするのですが。。。
それに
外国に旅行して
いちいち住所を気にしますか?
って話です。

本当は東京オリンピック前に
変更したかったようですが、
いろいろと反対運動があり、
結果的にオリンピック後になってしまいました。
だったら意味ないじゃん!
今の政治同様、
昔もトンチンカンですね。

居住表示法によって消滅したのは
他にもあり、

田町(現在は芝、三田)
御徒町(現在は台東、東上野)
汐留(現在は東新橋)
田原町(現在は雷門一丁目)
淀橋(現在は西新宿)
などもそうです。

穏田神社のお守り紹介はこちら

穏田神社は以下のようなところです。

穏田神社
東京・原宿
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表参道の喧騒から離れた、人の少ない小道沿いに穏田神社がある

JR原宿駅もしくは
東京メトロ明治神宮前駅7番出口を出て、
表参道を青山方面に向かって歩きます。
すると
通称「ラフォーレ交差点」といわれる
神宮前交差点に出ます。↓

左に見える薄茶色の建物が
「東急プラザ原宿表参道」です。

この交差点を渡って、
奥の方へと真っ直ぐ進みます。↓

右手に「ディオール」が現れますので、
手前の角を右へ曲がります。↓

表参道はブランド街なのに対し、
一歩裏道に入れば
小さいおしゃれなショップが建ち並んでいます。↓

小道を進んでいきますと
だんだんショップが減っていき
民家が増えてきます。↓

T字路に出ますので
右に曲がります。↓

そして、ほんの少し直進します。
この辺まで来ると
歩いている人がほとんどいませんね。↓

穏田神社へ到着です。↓

原宿・表参道といった
巨大ファッションタウンに
このようなのどかな場所があるなんて驚きです。

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ぽっちゃりな狛犬は朝鮮半島から渡ってきたもの!?

鳥居をくぐると
のぼりがあり、
技芸上達
美容守護
の文字が確認できます。↓

ご祭神が美容や技芸上達の神様でありますから、
こういうのぼりがあって当然ですね!

原型をとどめていないのか、
それとも
これが原型なのか(?)
一風変わったぽっちゃり狛犬です。↓

この狛犬は
もともと小松公爵邸
(現在の青山学院初等部付近)にあったもの。
戦中に空襲によって
神輿庫を除いて社殿すべてが消失したため、
公爵邸にあったお社や狛犬を譲り受けて、
穏田神社の再建がなされました。

首の下に「飾帯」(正装時の飾り帯)を
つけているところから
朝鮮半島から渡ってきた
狛犬ではないかと考えられています。

拝殿です。↓

創建は不明です。
穏田と呼ばれたこの地の産土神として
古くより信仰されてきました。

1590年(天正18年)に
徳川家康が関東の領主になると、
翌年に家康に従っていた伊賀の衆が
この穏田の地を賜りました。
これは伊賀衆が本能寺の変の際に
命を狙われた家康を京都から東国へと導いた
「伊賀越え」の武功によるものだそう。

神仏習合の時代だった江戸時代には、
穏田神社は「第六天社」と称され、
第六天魔王を祀っていました。

「魔王」というのがゾワゾワしますね。

第六天魔王とは
仏教における六欲天の
第6天にいる王です。
身の丈が2里(約8Km)、
寿命が1万6000歳という
強靭な魔力を持っていると
されています。

詳しくは
第六天神社「昇運守」の回で書いていますので
ぜひこちらを読んでみてください。↓

【第六天神社の黒松昇運守】黒松の神がかった強さをご利益に開運
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明治維新によって神仏が分けられると
現在の社名に改称され、
第六天魔王を
祀ることができなくなります。
そこで
古事記や日本書紀に登場する
神世七代(天神七代)の
第六代の神を祀ることになりました。

それが
「淤母陀琉神(おもだるのかみ)」と
「阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)」
の兄妹神です。

こちらの詳細も
第六天神社「昇運守」の回で書いています。↓

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ちなみに
穏田の名前の由来は
恩田(おんだ)氏という武士が
この地を治めていたから
「穏田」になったという説と、
もともと領主に税をとられないように
隠していた田んぼ「隠し田」が
あったからという説があるようです。

この地には渋谷川が流れていて
水が豊かであったため
江戸時代には多くの田畑が広がっていた
のは事実のようであります。

現在、渋谷川は暗渠(あんきょ)として、
キャットストリートの愛称で親しまれている
「旧渋谷川遊歩道路」の地下を流れています。

穏田神社は
明治神宮、東郷神社と並んで
「原宿三大神社」とわたくしが勝手に命名しています。

原宿、表参道はファッションの街ですから、
派手なイメージを持っている方も多いかと思いますが、
一歩奥へ入れば静かです。

オシャレになりたい人、
美容に興味がある人、
そんな方たちはぜひ参拝に訪れて、
お守りを授与してください!

お守りコレクションblogでは
明治神宮の「厄除御守」を紹介しています。↓

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住所:東京都渋谷区神宮前5-26-6
アクセス:JR原宿駅から徒歩約10分
     東京メトロ明治神宮前駅7番出口から徒歩約5分
https://onden.jp/

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