【新宿諏訪神社の縁結守】この地に伝わる「恋の森」がモチーフ

東京
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手を取り合って互いを見つめ合っている男女はいったい誰?

お守りコレクションblog
第165回目は東京都新宿区高田馬場にある
新宿諏訪神社の「縁結守」です。
初穂料1000円(授与時)。

貴族の男女が向かい合って
手を握り合っている絵柄。
この二人は「縁結守」を奉製する上での
ただのイメージキャラクター?

いや、どうやら違うようです。

男性は在原業平。
女性は紀有常女(きのありつねのむすめ)。
ではないかと思います。
その根拠がこちら。↓

上のYouTubeは新宿諏訪神社の
オフィシャル動画です。

概要欄によりますと。

新宿諏訪神社一帯には
百人一首の「ちはやぶる」で有名な
平安時代を代表する貴族であり、
歌人の在原業平にまつわる伝承があります。

在原業平が妻とこのあたりに立ち寄った際、
道に迷い二人は離ればなれになってしまいます。
探してもお互いを見つけることができないまま夜になり、
在原業平は妻への恋しい思いを
「あすはかたここにうつしの宮居かな そのねぎ言をきくや神垣」
(明日はここに神がいて、願いを聞いてくれるだろうか)
と歌にして詠んだそうです。
そうして夫婦は互いを心配し思いを募らせながら
一夜を大木の下で過ごします。
その思いが神に通じたのか、
夜明けを迎えると二人はすぐ側に寝ており、
夜の暗い森では気づけなかったが
実はお互い同じ杉の大木の下で
一夜を過ごしており
再会することができたというお話です。
そこから諏訪の森は「恋の森」
と呼ばれるようになりました。

というわけです。
これを知れば
「縁結守」の男女は
在原業平と紀有常女で
ほぼ決まりでしょう!

ちなみに
在原業平は『源氏物語』の主人公、
光源氏のモデルともいわれている
人物です。

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裏面は金色で神社名が書いてあるのみ

裏面です。

金糸による明朝体で
新宿諏訪神社と書いてあるのみです。
とてもシンプルですね。
「縁結び」とは
こういうことなのかもしれませんね。

諏訪神社といえば
長野県にある諏訪大社。
全国に約2万5000社ある
諏訪神社の総本社です。

過去に諏訪大社のお守りを
紹介していますので
こちらもご覧いただければと思います。↓

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加えて
片瀬諏訪神社のお守りも
紹介しています。
こちらも覗いてみてくださいね。↓

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新宿諏訪神社のお守り紹介はこちら

新宿諏訪神社とは以下のようなところです。

新宿 諏訪神社
「お諏訪さま」戦国武将にも崇敬された武勇の神、山の神、風の神であらせられるタケミナカタノミコトをお祀りしております。
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何百年も前から湧き出る「諏訪の霊泉」で手と口をお清め

東京メトロ「西早稲田駅」2番出口を出ると
目の前に明治通りが走っています。
右に目をやると
すぐに諏訪通りとの十字路がありますので、
そこを右へ曲がって高田馬場方面へと歩いて行きます。
すると
右側に新宿諏訪神社があります。
看板があるのですぐに分かるかと思います。↓

柱型の看板もあります。↓

子どもの頃は柱型の看板をよく見かけましたが、
最近は見かけませんね。
懐かしい!
看板には「鎮座1200年の歴史」と
書いてあります。

創建は弘仁年中(810年~824年)。
小野篁(おののたかむら)によって
大国主命、事代主命が祀られたのが起源です。

小野篁がご祭神となっている神社、
小野照崎神社のお守りも紹介していますので、
ぜひお目を通していただければと思います↓

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ちなみに
小野篁(おののたかむら)といえば
「子子子子子子子子子子子子」が有名です。
「子」が12個。
これを何と読む?
そう問うたのが嵯峨天皇です。
小野篁はたちどころに解きました。
「ねこのここねこ ししのここじし」と。

一の鳥居です。↓

銅製の鳥居です。

一の鳥居をくぐると
左側に手水舎があります。↓

白龍に神聖さを感じますね。
この水は
何百年もずっと湧き出ている霊水で、
「諏訪の霊泉」ともいわれています。
その昔は眼病、諸病に霊験ありとして、
多くの人々がこの湧き水を汲みに
神社を訪れたそうです。

二の鳥居です。↓

石造りとなっています。

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明治天皇の行幸と奉納がきっかけで菊の紋を付けられるようになった

拝殿です。↓

創建当初は松原神社と称されていました。 

永承年中(1046年~1053年)
源頼義、義家父子が陸奥国の
阿倍氏反乱(前九年の役)鎮定の折、
ここに立ち寄り勝利を祈願し、
凱陣(がいじん)の際に
武器を納めたといいます。

1189年(文治5年)の春、
源頼朝が奥州藤原氏の藤原泰衡討伐の際、
勝利祈願に立ち寄り、
凱陣後に社殿を造営したということです。

江戸時代初期に
尾張徳川家の祖である徳川義直公が、
信濃国の諏訪神を勧請し、
現在の諏訪神社と改称しました。

現在の社殿は
1977年(昭和52年)に造営が着工され、
3年を費やして、
1980年(昭和55年)に落成しました。

ご祭神は
武御名方命(たけみなかたのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
事代主命(ことしろぬしのみこと)

武御名方命(たけみなかたのみこと)
大国主命の第二の子神。
諏訪大社のご祭神であることから 「お諏訪さま」と呼ばれています。
武勇に富む武神とされ、建御雷神(たけみかずちのかみ/武甕槌神/鹿島神宮のご祭神)との力比べがのちに日本の国技となる相撲の起源となったと伝えられています。

大国主命(おおくにぬしのみこと)
出雲大社のご祭神で、国造りの神、農業神、商業神、医療神などとして信仰されています。
「大国」は「だいこく」とも読めることから、 七福神の「大黒さま」と同一視され、
豊穣、財福のご利益があるとされています。

事代主命(ことしろぬしのみこと)
大国主神の第一の子神。
国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係が深く、
漁業の神、 商売繁盛の神様としても信仰されています。
七福神の「恵比寿さま」と同一視されています。

新宿諏訪神社へ参拝した日は
拝殿前の梅の木が
きれいに咲き誇っていました。↓

拝殿の懸魚には社紋である「諏訪梶」。↓

「諏訪梶」は諏訪大社上社(前宮・本宮)
と同じ社紋。4本の根が特徴です。

ちなみに
諏訪大社下社(春宮・秋宮)の
社紋は「明神梶」。根が5本になっています。

蟇股(かえるまた)には
菊の紋が入っています。↓

夫婦楠もありました。↓

樹齢は不明ですが、
立派な巨木です。

手水舎まで戻るのですが、
その奥に
「明治天皇射的砲術天覧所址」があります。↓

境内のなのか違うのか
微妙な場所にあるので
見逃しがちかと思います。

1882年(明治15年)、
神社前に諏訪の森近衛射的場ができたときに
明治天皇の行幸があり、
神酒や鴨のご奉納がありました。
このことがきっかけで
社殿に菊の紋を付けることが
できるようになったといいます。

だから
蟇股に菊の紋があったのですね!

「明治天皇射的砲術天覧所址」は
1943年(昭和18年)に
御幸史跡に指定されました。

新宿諏訪神社は
西早稲田という学生街であり、住宅街でもある
エリアに位置しています。
飲食店で賑わう高田馬場まで歩けますし、
頑張れば、眠らない街・新宿歌舞伎町にも行けます。
参拝の前後に
新宿区内をぶらり散歩してみるのも
アリかもしれませんね!

住所:東京都新宿区高田馬場1-12-6
アクセス:東京メトロ「西早稲田駅」2番出口より徒歩1分
http://koinomorisuwajinjya.com/

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