Z旗でスポーツや受験の勝利を祈願。東郷神社の「勝守」

東京
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クリーム色のルックスに古き良き温かみが

第17回目は渋谷区神宮前にある
東郷神社「勝守」です。
初穂料800円(授与時)

シルクのような柔らかいクリーム色の生地に
金色の文字で「勝守」
このシンプルさ、懐かしい雰囲気さえします。
そこに「Z旗」がプラスされ、
東郷神社ならではのお守りに仕上がっています。

「勝守」の文字が刺繍であることは一目瞭然。
実は、Z旗も刺繍です。
ワッペンみたく貼られているように見えますが、
糸で1本1本で縫われています。
簡素に見えますが、とても手が込んだお守りです。

裏面です。

クリーム色は、なぜにこんなにもレトロで
洒落た雰囲気を醸すのでしょう。
真ん中には、金糸で東郷神社と刺繍されています。
クリーム色と金色の組み合わせは、
捨てるのがもったいないと取っておいてしまう
老舗和菓子店の貼箱のよう。

「勝守」という名前ですが、
決して勝ち気の強い攻撃的なルックスはしていません。
どこかしなやかで優しい。そして美しい
日本人らしい武道に通ずるような、
柔よく剛を制して勝利する
という意味合いにも取れそうです。

東郷神社のお守り紹介はこちら

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万国共通の信号旗を戦いに応用

黄、青、赤、黒の4色がそれぞれ三角形を描き、
合体することで長方形を形作っているZ旗

国旗のようにも見えますが、
この旗はいったい何なんでしょうか?

これは、日露戦争において日本海海戦を戦うときに
日本海軍が掲げた旗です。
ご祭神である東郷平八郎率いる連合艦隊がこの旗を掲げ、
当時、世界最強と呼ばれていたロシアのバルチック艦隊との戦いに勝利。
それ以来、このZ旗は勝利のシンボルとなりました。

なぜこの4色なの?
そもそもZ旗は船同士の意思疎通に使用される万国共通の信号旗の一つ
色自体に意味はなく、遠くからでも識別できるようになっています。
とはいえ信号旗ですから、
Z旗の色構成になることで意味合いを持ちます。

Z旗
Z旗

タグボートがほしい

これがZ旗の本来の意味です。

タグボートとは、
動くことができなくなった大型船をロープで引っ張ったり、
誘導したりするちょっと小ぶりな船。
それが欲しいということは、
船にとっては大ピンチな状況です。

日露戦争において日本海軍はZ旗に

Z旗
Z旗

皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ

というメッセージを込めました。
今風に訳すと、
日本が栄えるのか滅びるのかはこの一戦にかかっている。
各自いっそう気力を奮い起こして戦うように

となるのだろうと思います。

ここでちょっとうがった見方をすると、
Z旗は世界共通の信号旗でありますから、
日本海軍によってこの旗が掲げられたとき、
ロシア海軍は
「日本の戦艦がトラブルに見舞われている?」
と思ったかどうかは分かりませんが、
油断した可能性はあるのではないでしょうか。
そこを不意打ちされた、と想像するのは良くないことでしょうか。
当然、真相は分かりません。

日露戦争とは、1904年(明治37年)から1905年(明治38年)にかけて、日本とロシアとの間で行われた戦争です。大変な消耗戦となった旅順攻略戦、辛うじて勝利した奉天会戦、バルチック艦隊を降伏させた日本海海戦などがありました。次第に、日本とロシアは互いに戦争継続が困難となり、1905年のポーツマス条約により、日本の勝利という形で戦争が終結しました。

東郷平八郎が功績を上げた日本海海戦は1日で終結しました。
1905年5月27日
4時45分 日本軍が対馬海峡を航行中のバルチック艦隊を発見。
13時39分 連合艦隊主力がバルチック艦隊を発見。
14時08分 バルチック艦隊が連合艦隊に対して砲撃開始。
14時10分 連合艦隊がバルチック艦隊へ砲撃。
15時ごろ 日本軍の砲弾でロシアのロジェストヴェンスキー長官が負傷。
夜間 日本軍の駆逐艦と水雷艇がバルチック艦隊の残存艦を攻撃。
1905年5月28日
バルチック艦隊が日本軍に降伏。

東郷神社とは以下のようなところです。

東郷神社
東京の都心、渋谷区原宿に鎮座する神社です。勝利と至誠の神様として世界中の人に敬われる東郷平八郎命を御祭神にお祀りしています。必勝祈願、良縁祈願、合格祈願、厄除け祈願をはじめ、人生関わる様々なご祈願を執り行っております 。
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全国からの寄付によって東郷神社が創建

東郷神社は1940年(昭和15年)創建
日露戦争日本海海戦の総合司令官として連合艦隊を指揮し、
日本を勝利に導いた東郷平八郎が祀られている神社です。

1934年(昭和9年)に東郷平八郎が亡くなられた際、
その功績と御徳を後世に伝えるため、
全国各地から神社にお祀りしてほしいとの要望があり、
海軍省宛てに献金が届きました。

この熱意に応える形で、
ときの大角海軍大臣が各界の識者にはかり、
財団法人東郷元帥記念会を設立。
全国民に呼びかけて、国民からの浄財によって
神社を創建しました。

しかし、
1945年(昭和20年)、東京大空襲によって社殿が焼失します。
戦後になり、
1958年(昭和33年)に奉賛会が結成され、
1964年(昭和39年)に社殿が再建されました。

全国各地で目にするキティちゃんお守り。その最初が東郷神社といわれています。
原宿の「かわいい文化」との融合は、竹下通りに隣接する神社だからこそ。
英雄的軍人がご祭神なので、ちょっと怖い印象もありますが、
優しい感性を持った気持ちのいい神社です。
さすが、勝利だけでなく「至誠」を謳っているだけあります。

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「恋愛に勝つ」ということで恋愛成就・良縁祈願にも

近代的で重厚感のある拝殿の左側に、
Z旗が掲げられています↓

戊辰戦争、日清戦争、日露戦争などで活躍した東郷平八郎は
「勝運の神」として尊崇されており、
そのご利益を求めて、
大切な試合を控えたスポーツ選手が
勝利祈願のために東郷神社へ訪れるといいます。

「勝つ」は
恋愛に勝つという意味において、
恋愛成就・良縁祈願のご利益へとつながります。
加えて、
東郷平八郎は愛妻家であったことから、
夫婦和合にも功徳があるとされ、
東郷神社で結婚式をあげる方も多いといいます。

勉強では、受験に勝つという意味で、
学業成就の運があるとされています。

東郷神社はZ旗が有名ですが、
社紋はちゃんと別にあります

「蔦の葉」紋といわれるものです。
東郷平八郎が使用していたものでもあります。

東郷神社の境内には「海の宮」
というお社があります。↓

海軍・海事・水産関係の諸霊をご祭神として合祀しています。
東郷平八郎は海軍の人ですから、
東郷神社が海に従事した人たちを祀るのは、
自然な成り行きなわけです。

竹下通りの裏手、裏原宿の入り口手前にある東郷神社
おしゃれなショップが並ぶ
ファッションタウンの一角にあるすっきりした空間です。
買い物や遊びで歩き疲れたら、
休憩に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
お守りもたっぷりです!
https://togojinja.or.jp/amulet

住所: 東京都渋谷区神宮前1-5-3
アクセス:JR原宿駅より徒歩5分
https://togojinja.or.jp/

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