【増上寺の勝運御守】 物事が勝れた方向に運ばれ幸福な人生へ

東京
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葵の紋が入っているのは増上寺が徳川将軍家の菩提寺だから

お守りコレクションblog
第144回目は東京都港区にある
増上寺の「勝運御守」です。
お守り代500円(授与時)。

黒地に銀糸で「勝運」の文字と「葵の紋」。
紐はパキッとした赤色。
キンアカといわれる色みですね。
風格と情熱を持ち合わせた
非常に強さを感じるお守りです。

黒地はシャドーになっていて、
うっすらと植物が見えます。
写真を明るくすると
それが何なのかが判明します。
葵の葉ですね。↓

実際の葵の葉がこちらです。↓

同じです!

ところで
なぜ葵の紋が描かれているかといいますと
増上寺は徳川家の菩提寺だからです。
ここには
二代秀忠、六代家宣、七代家継、
九代家重、十二代家慶、十四代家茂が
眠っているのです。

でも
徳川将軍って15代までいますよね?
他の人たちはどこへ行ってしまったの?
ということで、調べてみました。

初代  家康 日光東照宮
二代  秀忠 増上寺
三代  家光 輪王寺(日光東照宮敷地内)
四代  家綱 寛永寺
五代  綱吉 寛永寺
六代  家宣 増上寺
七代  家継 増上寺
八代  吉宗 寛永寺
九代  家重 増上寺
十代  家治 寛永寺
十一代 家斉 寛永寺
十二代 家慶 増上寺
十三代 家定 寛永寺
十四代 家持 増上寺
十五代 慶喜 谷中霊園

増上寺以外にも
上野にある寛永寺も菩提寺です。
増上寺、寛永寺ともに6名の将軍が
眠っておられます。

三代家光は本人の遺言に従って、
祖父である家康が眠る日光東照宮近くに
輪王寺が造営され、埋葬されています。
家光はおじいちゃんへの尊敬の念から、
亡くなったあともそばにいたいという
気持ちが強かったといいます。

十五代慶喜は朝敵となってしまったにもかかわらず、
華族の最高位である「公爵」を与えてくれた
明治天皇に感謝の意を表すため、
それまでの徳川将軍家の仏式葬儀でなく
神式で行なうようにとの遺言を残しました。
これにより菩提寺ではなく、
谷中霊園(谷中墓地)に埋葬されることになりました。
とはいえ、
この場所は寛永寺の敷地内ですので、
実質的には寛永寺なのかもしれませんね。

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家康が深く崇拝した黒本尊が「勝運御守」の出発点

裏面です。

「増上寺」と真ん中に
書いてあるだけです。
生地にはおもて面同様、
薄く葵の葉が入っています。

増上寺では
勝運とは「勝つための運」
ではありません。
「物事全般が勝(すぐ)れた方向に運ぶ」
という意味で使われています。

そしてこの「勝運御守」には
天下統一を果たし
泰安の世を築いた徳川家康の
念持仏であった黒本尊の「勝運」が
入魂されており、
それによって
物事全般が勝れた方向へと運び、
明るい幸福な人生へと導く
ご利益があるのだそうです。

「勝運御守」が黒色なのは
黒本尊の姿と合わせているのですね。
※ちなみに雅色の「勝運御守」もあります。

黒本尊とは
増上寺の境内にある安国殿というお堂に
安置されている阿弥陀如来像です。
家康が深く崇拝し、
そのご加護により度重なる災難の除け
戦に勝利したということで、
「勝運」「厄除け」「諸願成就」の
仏さまとして
江戸時代以来、広く信仰を集めている
といいます。

安国殿はこちらです。↓

お守りや御朱印は
安国殿で授与しています。

増上寺のお守り紹介はこちら

増上寺は以下のようなところです。

大本山 増上寺
徳川将軍家とのゆかりの深い、大本山 増上寺の公式サイト。東京、芝にある増上寺は、600年の歴史をもち、徳川家康公ゆかりの秘仏「黒本尊」を祀る「勝運」のお寺として親しまれています。
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三解脱門は江戸時代の面影を残す重要文化財

増上寺はとてもアクセスが良く
多くの駅から向かうことができます。
しかし
わたくし個人としては
JR浜松町駅または
都営地下鉄浅草線、都営地下鉄大江戸線の
大門駅から向かうのがベストだろうと
考えます。
なぜなら、
増上寺の入り口である
大門を通ることができるからであります。

大門はこちら。↓

大門を入ったら
増上寺が見えてきます。↓

雲がすごいですね。

正面に見える赤い門が
三解脱門(さんげだつもん)、
通称、三門です。↓

背後に東京タワーが見えます。
増上寺と東京タワーは目と鼻の先。

三解脱門は1622年(元和8年)に建立。
その名は
煩悩から解脱した覚(さと)りの境地を
開くための三種の修行
「空門」「無相門」「無願門」からなる
「三解脱門」に基づいています。

三解脱門の楼上(上層部)には
中央に釈迦三尊像、
脇壇に十六羅漢像が奉安されています。
見ることはできませんが。。↓

三解脱門は
間口が約19m
奥行き約9m
高さ約21m
の江戸時代初期の面影を残す建造物で、
重要文化財にも指定されています。

三解脱門をくぐれば
大殿(本堂)が現れます。↓

増上寺は、浄土宗の七大本山の一つ。
1393年(明徳四年)、
浄土宗第八祖酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人に
よって江戸貝塚(現在の千代田区平河町付近)の地に、
浄土宗正統根本念仏道場として創建されました。

1470(文明2)年には
勅願所に任ぜられ、
関東における浄土宗教学の殿堂として
宗門の発展に寄与してきました。

本堂の大きさは圧倒的。↓

正面の石段を上りつけた2階に本堂、
3階に修行道場、1階に檀信徒控室、
地下1階に宝物展示室があります。

1590年(天正18年)
徳川家康が関東を治めるようになると、
徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれました。
家康が当時の住職、
源誉存応(げんよぞんのう)上人に
深く帰依したためと
伝えられています。

1598年(慶長3年)には、
現在の芝の地に移転。
江戸幕府の成立後には、
家康の手厚い保護もあり、
増上寺の寺運は大隆盛へと
向かって行きました。

本堂から後ろを振り返ると
なんと見事な景色。↓

気持ちいい~!

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有料エリアの徳川将軍家霊廟(れいびょう)は閉門時間に注意を

増上寺は徳川将軍家の菩提寺ということで
徳川家将軍家霊廟(墓所)があります。↓

この門を入るとすぐに
お地蔵様がたくさん立っている
様子を見ることができます。
「千躰(せんたい)子育地蔵菩薩」
というのだそうです。↓

子や孫の無事成長を祈って
増上寺ひまわり講の方々により
作成されました。
頭を守り、寒さを防ぐための
赤い帽子や赤い前掛けは
幼い子や孫への愛情の顕れなのだそう。

奥へと進んでいくと
鋳抜(いぬき)門があります。↓

この門の先に徳川将軍家墓所があり、
有料エリアとなります。
大人500円(高校生以下無料)。
平日11:00~15:00(最終入場14:45)
土日祝10:00~16:00(最終入場15:45)

訪れたこの日(平日)、この時間帯は
すでに15時を過ぎており、
中に入ることができませんでした。。
残念。
ちなみに
わたくしだけではなく、
他数名も時間に間に合わず、
悔しがっていました。

パンフレットによると
内部はこうなっているようです。↓

徳川将軍以外にも
家茂に嫁いだ和宮や
将軍の母や子女なども
多数埋葬されているのだそうです。

鋳抜門は青銅製で、
計10の葵の紋が配されています。↓

門の両脇には
「昇り龍」と「降り龍」が鋳抜かれています。
左側が「昇り龍」。↓

上野東照宮もそうでしたが、
偉大な人ほど頭を垂れるということから、
下に向かっているように見える
こちらが昇り龍となります。

右側が「降り龍」です。↓

上に向かっているように見えますが
「降り龍」です。

日本の歴史上
欠かせないお寺の増上寺。

増上寺が満を持して送り出す
「物事全般が勝(すぐ)れた方向に運ぶ」
というご利益がある「勝運御守」を
ぜひいただいてください!

住所:東京都港区芝公園4-7-35
アクセス:JR山手線「浜松町」駅から徒歩10分
     都営地下鉄浅草線、都営地下鉄大江戸線「大門」駅から徒歩5分
     都営地下鉄三田線「御成門」駅から徒歩3分、「芝公園」から徒歩3分
     都営地下鉄大江戸線「赤羽橋」駅から徒歩7分
     東京メトロ日比谷線「神谷町」駅から徒歩10分
https://www.zojoji.or.jp/

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